書籍紹介   

「やさしさ」過剰社会~人を傷つけてはいけないのか~

著:榎本 博明

 季節も変わり秋に差し掛かってきたと言いたいところですが、まだまだ厳しい残暑続く毎日ですね。早く秋めいた季節になってほしいものです。

 本日ご紹介したいのは、現代社会の「やさしさ」について心理学者が分析しつつ、本当の「やさしさ」について考えようという一冊です。この紹介文を書いている私(長井)も、今年で33歳になり、歳を重ねる毎に怒られること、指摘される機会が減ってきました。だからこそ「間違っているよ」と言ってくれる存在は貴重で、大事にしたいものだなと感じさせてくれる一冊です。

―人の気持ちを傷つけない人はやさしいのか?-

 やさしい人が大人気。男性は理想の女性として「やさしい人」をあげ、女性も理想の男性として「やさしい人」をあげる、そんなアンケート結果が出ています。また、怒らない先生、部下を注意しない上司、そして人だけではなく、肌にやさしい、環境にやさしいなど、人間関係以外でも「やさしさ」が大きな価値を持つ時代。そんな今の時代、人の気持ちを傷つけない人がやさしいと呼ばれるようです。例えば服を裏表間違えて着ている人を見たときや、鼻くそが見えている人を前に、教えてあげようか迷うことがあります。しかし、その場で傷つけないように見て見ぬフリをするやさしさもあるが、この先更に恥をさらすのを防いであげるためにあえて教えてあげるやさしさもある、と綴られています。

 私は、言われないやさしさより、言ってもらって更に恥をかく事を回避したいと考える人間ですが、皆さんはどうですか?

―友だちだからこそ気を遣う―

 かつては友だちとは気を遣わなくていい相手でしたが、今は違うそうです。ある学生は「中学のとき、友だちにホンネを言いすぎて、微妙な関係になってしまった。だからホンネなんか言うとまた失敗するんじゃないかって不安。ホンネの二歩手前で関係を保つようにしている。でも、ホンネを出せないっていう点では、無理をしている感じがある。」と言います。しかし、若い世代に言わせれば、仲の良い友だちだからこそ気を遣うのだそうです。どうでもいい相手なら、関係が悪化してもかまわないけれど、失いたくないからこそ気を遣うのだそうです。

 この場面を読んだとき、「やさしさ」がもたらす人間関係の息苦しさを感じました。もちろんすべての若者がこうなっているとは言いません。しかし私は、若者だけでなく今の社会全体が言わないやさしさに傾きつつあるのではないか、と恐怖感すら感じました。

―子どもの気持ちを傷つける親はやさしくないのか?―

 「ほめて育てる」「叱らない子育て」を推奨する評論家は多い。そして、叱ると子どもの心にトラウマ(心の傷)が出来るなどと、親を脅かす。だから、子どもを傷つけないものの言い方の訓練が盛んに行われ、はたして子どもたちはたくましくなっただろうか。

 むしろ、ひ弱で傷つきやすい子どもや若者がふえたのではないだろうか。

 アルバイト先でミスをして注意されたり、叱られたりするたび腹を立て、我慢が出来なくなって辞めてしまう学生も多いのです。

子どもを傷つけないような言い方に気をつけたり、厳しい事を言わずにほめたりするばかりでは、子どもはどんどんひ弱になっていきます。むしろ、筋トレの様に、立ち直れる程度の負荷を与えることで鍛えてあげるのがやさしさではないだろうか、と本書では綴られています。

 これは、私共指導員にとっても難しいところだなと、感じました。自己肯定感を高めようと叫ばれる昨今、叱る(指導する)ことは私もかなり抵抗はあります。しかし、時には心を鬼にして少しばかり突き放す程度の指導も必要なのではないか、と考えます。もちろん、そのあとにどのようにフォローしていくかまでを考えていることが前提となりますが。

 そもそも「やさしさ」というものにはっきりとしたかたちがあるわけではなく、時代によって揺れ動き、人の感受性によっても違います。ゆえに、こうすればいいというような明快な回答などはないのです。だからこそ、「やさしさ」についてあれこれと考えることが大切なのではないだろうか、と本書では締めくくられています。

 今回、本紹介として書かせていただきましたが、この本を皆さんに読んでほしいという想いより、「やさしさ」について「考える」一つのきっかけになれば、と思い書かせていただきました。

皆さんにとっての「やさしさ」とは、どのようなものですか?